Top / Social Impact / 【aba】世界中に「誰もが自信を持てる介護」を届けるために。abaが考えるケアテックの未来に必要な人材とは。
「おむつを開けずに中を見たい」。そんな介護職の声から生まれた排泄センサー「Helppad」は、意思疎通の取れない寝たきりの方の排泄タイミングを知ることで介護負担軽減につながると、介護業界で大きな話題になっています。Helppadを開発した株式会社abaは、大学発ベンチャーからスタートし、今や日本のケアテックをリードする存在に。しかし、これまでの道のりは平坦ではありませんでした。介護業界の課題と向き合ってきたabaが見据える日本のケアテックの可能性とは何か。
今回は株式会社aba(以下aba)の宇井吉美さんとabaに出資を決めたリアルテックホールディングス(以下RTH)の熊本大樹さんに、投資までの経緯や今後のケアテックの展望について語っていただきました。
宇井吉美さん
株式会社aba CEO。2011年、千葉工業大学未来ロボティクス学科在学中に株式会社abaを設立。中学時代に祖母がうつ病を発症し、介護者となった経験を元に「介護者側の負担を減らしたい」という思いから、介護者を支えるためのロボット開発の道に進む。特別養護老人ホームにて、介護職による排泄介助の壮絶な現場を見たことをきっかけとして、においセンサーで排泄を検知する「排泄センサーHelppad(ヘルプパッド)」を製品化。おむつを開けなくても排泄したことを知らせてくれることで、介護者の負担軽減を目指している。
熊本大樹さん
RTH グロースマネージャー。慶應義塾大学在学中に国内外のスタートアップエコシステムの研究を中心に、事業会社やベンチャーとの共同研究を多数実施。特定非営利活動法人アイセック・ジャパンの専務理事として、124の国と地域の下部組織との協業や1600人組織のマネジメント経験を生かし、2019年に初の新卒としてRTHに参画。日本国内の福祉・介護分野で革新的な技術を応用するベンチャーを担当する一方、2020年より東南アジアのディープテックベンチャーへ積極投資する「グローバルファンド」の組成をリードし、東南アジアの課題解決を目指す。
ーーabaは2011年にスタートしましたが、創業時はどのような組織だったのでしょうか。
(宇井)
排泄センサーの開発は、私が千葉工業大学に在学していた時からスタートしました。当時は研究室の一プロジェクトのような規模感でしたが、千葉工大には学生の起業を支援する仕組みがなかったので、卒業後に会社として独り立ちすることになったんです。立ち上げて4、5年の間は売上が立たず本当に苦労しました。
大学院進学のための学費を資本金にしたり、介護施設で働いていた時の貯金で技術者に給料を払ったり。借りていたアパートの家賃を払えずに大家さんに支払いを待ってもらったこともあれば、当時の税理士には「今月中にどうにもならなかったら会社を清算してください」と言われたこともありました。
(熊本)
最近では大学発ベンチャーを支えるプログラムなどが出始めてますが、当時はかなり苦労されたんですね。そういう意味では2016年に参加された研究開発型ベンチャーの登竜門である「TECH PLANTER※」で賞を取ったあたりから、テクノロジーベンチャーの投資育成を行うグローカリンク社から出資を受けたりと、少しずつabaの潮目が変わってきたように思います。
(宇井)
そうですね。でも正直なところ資金調達には苦労し続けていました。ビジネスコンテストの賞金や小さな補助金を頼りに何とか資金繰りを回していましたが、営業やマーケティング費に使えないなどの制限も多く、事業・組織をスケールする上で、幅広い資金調達の方法を考える必要がありました。その頃にはプロダクトがある程度できていましたし、そろそろベンチャーキャピタル(VC)に投資してもらえるフェーズかなと考え、2018年くらいから様々なファンドやVCを訪問したのですが、ことごとく断られていました。
※TECH PLANTER: アジア最大のリアルテックベンチャーエコシステム / アクセラレーションプログラム
ーーabaの認知は少しずつ広がっていたにもかかわらず、なぜ断られたのでしょうか。
(宇井)
「プロダクトがどれくらい売れるのかイメージができない」という声が一番多かったですね。私たちの理念には共感していただけるものの、「今後3〜5年以内にIPO(上場)できるくらいのイメージがなければ難しい」という声が多く、介護ロボット領域の難しさを理解しているからこそ、思い切った計画を描くことができていなかったのです。自分たちなりに販売・マーケティング戦略について思考したものをぶつけていきましたが、なかなか理解してもらうのが難しかったです。
(熊本)
投資する側からすると、課題が大きくこれから技術導入が必要不可欠であることは分かっていながらも、安易にケアテック領域に手を出せない気持ちもわかります。どんな時間軸でビジネスが動くのかわからないし、現場の様子もイメージできない。施設に入ったことや介護サービスを受けたことがある投資家もわずかですし、何より成功事例が少ない。そういった前提を踏まえて事業内容とスケーラビリティを紐解くにはやっぱり時間と労力がかかるので、投資判断は客観的に見ても難しいんだろうなと思います。
ーーそれでも諦めずに資金調達を模索してきた原動力はどんなところにあったのでしょうか。
(宇井)
私は介護も研究開発も好きですが、介護現場の人と研究現場の人は、人間性もフィロソフィーもまったくタイプが異なります。介護とテクノロジーをつなげるには双方の思いを翻訳して伝える人が必要なのに、当時はそのような存在がいませんでした。
大学をはじめさまざまな研究機関が介護現場を訪れてリサーチやヒアリングを行っても、アウトプットは論文止まりです。国レベルでも介護ロボット産業の期待は高まる一方なのに、このままだと中身が伴わず何も変わらないかもしれない、と学生時代から危惧していました。
(熊本)
介護の現場で働く人は論文やアカデミックな成果が欲しいわけではなく、明日自分たちの業務を楽にしてくれるソリューションを求めてますからね。
(宇井)
そうなんです。論文ではなくプロダクトをつくることで、思いのある、約束を守ってくれる技術者がいることを介護現場の人たちに証明したいと思っていました。
ここでやめてしまったら、私のように執念深くケアテックをやり続ける人が今後現れないかも……と思ったのも理由の一つですね(笑)。だからこそ、RTHが出資を決めてくれた時は本当に嬉しかったです。
ーーabaに出資を決めた経緯を教えてください。
(熊本)
一言で言えば、介護現場の課題を解決する宇井さん・abaチームの「熱」に全員が共感し、ライトタイミングだったからです。グループとしては以前から長い付き合いがあり、彼女の本気度は誰しもが信じていました。一方、Helppadのトラクションや今後の成長戦略は説得力に欠ける状態で、まだまだ外部資本を入れられるチームではない印象が強かったです。
結果として出資させていただいたのは2019年ですが、それまでに何度も現場を共に周り、私自身もおむつを履いて排便し、技術・プロダクトに対する信頼感を少しずつ高めていきました。自分も一緒になって商品を売れるイメージが沸いて、未完成な部分も含めて開発計画が具体化し、これなら本当に社会を変えられると思えたからこそ、踏み切れたのだと思います。
私たちのファンドの意義は、abaのように社会における深い課題にアプローチする事業を持続的に支援することだと思っています。今はまだ人やプロダクトがベストな状態でなくても、信じて走り続けることで必ず追いついてくるはず、と言い続けながら一緒に走っています。
(宇井)
「製品化したい」という思いだけでabaを起業したので、経営者としての意識はまだまだ低かったですね。RTHと出会った頃から、自分のなかでも意識が変わり、より経営やマネジメントなど俯瞰して考える視点が生まれたと思います。
(熊本)
だからこそ僕たちも一緒に走る覚悟を持てたんだと思います。未熟だけど可能性しかない。社会もようやく介護現場の課題解決に本気に取り組むようになってきて、色々な人から応援してもらう機会が増えました。ここからの2年が本当の勝負だなと感じてます。
(宇井)
思えば今から20年前、当時私は中学生で、祖母の介護を通して「テクノロジーを入れないと介護現場はいずれ成り立たなくなる」と思ったことがaba設立のきっかけでした。
当時は「介護は人の手でやってこそ価値がある」という考えが一般的で、介護現場という聖域にテクノロジーが入る余地はまったくありませんでした。その頃から考えると、今のケアテックの流れはちょっと信じられなくて(笑)。ようやく時代が追いついてきたのかもしれませんね。私たちabaが目指したところは間違っていなかったんだなと思います。
ー最近では「aba-lab」という事業もスタートしました。この背景を教えてください。
(宇井)
介護業界では口コミによって少しずつ評判が広がっていくので、SNSのように瞬時にバズることはほぼありません。プロダクトが認知されるまで時間がかかり、その期間を耐え忍んだ会社だけが業界のなかで生き残ることができます。例えば、介護現場でよく見かけるようになった「見守りセンサー」も、現場に浸透するまで約10年もかかりました。
Helppadはおかげさまで少しずつ多くの方に知っていただけるようになりましたが、本格的に売れ始めるまでにはまだ時間がかかると思っています。その間を耐えるには、単にプロダクトの売り上げだけでは不安でした。そこで、Helppadを通して培ったノウハウを企業に還元していく「aba-lab事業」を通して、もう一つの事業の柱をつくろうと思ったんです。
ーーaba-lab事業では具体的にどのようなことを行っているんですか?
(宇井)
介護領域に興味を持っているプロダクト開発系の会社に対して、我々の知見を活かし、マーケティング調査からプロダクトづくりまでを伴走しています。企業に伴走支援できるノウハウが我々に蓄積されてきたこともあり、ケアテックの機運が高まってきた手応えを感じています。
(熊本)
特にaba-labの価値は、介護領域に入り込み、現場の本音を聞き出すヒアリング能力の高さにあると思っています。介護領域のリサーチといっても、まず誰に聞いていいかわからない、どこにアポを取ればいいのかわからない企業がほとんどです。現場に伺うことができても介護職さんへのヒアリング慣れしてなくて空振りに終わることも。そこを的確にヒアリングし、本当の課題を見極められるのはabaならではの強みですね。
(宇井)
そうですね。プロダクト開発に最も重要な質の高いデータを集められるのも私たちの強みです。例えばHelppadの開発には高齢者の尊厳に関わる排泄のデータが必要でしたが、そのようなデリケートな部分のデータ収集に協力してくれる施設はなかなか見つけられませんでした。しかし、私が介護職に携わっていた経験や熱意から信頼していただき、協力してくださる介護現場が現れました。データ収集には施設との信頼関係があってはじめて成り立つもの。その部分をabaがサポートできるのは大きなメリットだと考えています。これまではそのような知見をビジネスにつなげられていなかったのですが、aba-lab事業をスタートしてようやくお金に換算できるようになったと思っています。
(熊本)
介護業界でのリサーチ力やネットワークなど、abaにしかできない強みはほかにもたくさんありますが、まだすべてが価値として見出されているわけではありません。それを可視化し、新しい事業を生み出していくと、すごく面白いチームになっていくのではないでしょうか。
ー事業を通してabaが目指している介護の将来像はあるのでしょうか。
(宇井)
その質問は実はこれまで、あえて答えないようにしてきました。今日この瞬間の介護現場を支えてくれる人がいるのに、彼らがやりたくてもできない介護の理想を私たち外の人間が語るのは、彼らを追い詰めることになるのではないかと思っていたんです。
ーー現場の人がやりたくでもできない介護とは?
(宇井)
介護現場には「介護過程(本人の状態を観察することで仮説を立て、それに基づきPDCAを行うこと)」というプロセスがあります。介護は人間が相手。一人一人の状態が異なるため、介護過程を実践できる、チーム力や組織力がなければその人に合ったケアを追求していくことが難しいのです。
「介護過程」は素晴らしい仕組みなのですが、今の日本の介護現場では人手不足などから、PDCAの、P(計画)とD(実行)まではできるものの、改善活動まで手が回らない現状があります。
ーーだからこそケアテックを入れなければと思った。中学生の時に感じたその思いは変わっていませんか?
(宇井)
変わっていませんね、むしろ研ぎ澄まされてる感じです。祖母の介護では、自分がどうすればいいのかわからず、すぐに助けてあげられない状況をなんとかしたいと思っていました。その時の私だけでなく、介護のプロですら、「自信をもって介護できる状態が何なのかわからない」と日々悩んでいるのです。
「介護過程が実践できる環境をつくりたい。そしてケアテックを通して日本の介護を海外に発信していきたい」最近になってようやく自分の思いを言葉にできるようになってきました。
ーー日本の介護を海外に伝えたいと思ったのはなぜですか?
(宇井)
それは日本だけの問題ではなく、海外でも「どんな介護をすればいいかわからない」という問題が頻発しているからです。誰もが「この介護をしていいんだ」と確信をもってケアを実践できる状態にしたい。日本のケアテックを海外にも広めていきたいのはそのためです。
(熊本)
2年前にabaのメンバーとして、Helppadをシンガポールの展示会に出展させていただく機会があったのですが、東南アジアでも高齢化社会に対する対応策が広く議論されており、注目度の高さを感じました。日本のケアテックを牽引した先に海外への展開を通して、世界の課題を解決していきたいビジョンが、まさにabaのポテンシャルそのものだと思っています。
(宇井)
今日本は課題先進国です。でもこのままだと課題だけを先取りして終わってしまい、今後海外から介護サービスが輸入される可能性だってある。だから我々は“課題解決先進国”にならなければと思っています。日本にはさまざまな産業が息づいていますが、これからの産業の一つにケアテックを入れたい。毎年30兆円ある社会保障費を、ただのコストセンターにしてはいけない。この中で生まれているケアテックを、海外へ輸出し、外貨を稼ぎたい。それができれば、社会保障費はコストセンターではなく、ケアテックへの投資費用と捉えることもできます。そういう気概でやらなければいけない。。
すでにアメリカではケアテックベンチャーが、日本でいうツクイのような介護最大手の企業を買収した事例が出てきました。日本でもそれくらい成し遂げなければ介護業界は抜本的に変えられないなと思っています。
ーー今後のabaの成長に必要な要素は何だと考えていますか?
(熊本)
現在abaは社員10名ほどで、業務委託などを合わせると30-40名くらいの仲間がいますが、組織運営や資金調達を一緒に考える人が入ってくれると心強いなと思っています。絶対に諦めない、泥臭い宇井さん・abaチームとともにabaの事業にフルコミットしてくれる仲間がほしいですよね。
(宇井)
例えばaba-labの場合は企業のコンサルティング経験が活かせますし、海外営業経験やM&Aに興味がある方もケアテックの領域で活躍できる可能性は大いにあると思います。私は研究者としての経験はあっても事業開発の経験が浅いので、事業開発から関わり解像度高く事業に落とし込める方が増える人がほしいです。
若いチームなので、そのスピード感に巻き込まれながらスキルを発揮してくださる人が増えると、組織としてもどんどん成長していけると思っています。社会課題をビジネスに変え、テクノロジーと掛け合わせられるような人がいれば、ぜひabaチームに加わってほしいですね。