Top / Social Impact / 先端植物工場『PLANTORY』が、植物本来のポテンシャルを引き出す。持続可能な食料生産の実現に向けた、覚悟の歩み。
植物工場だからこそ提供できる価値は何か。農薬不使用で安心であること、消費地近郊で栽培でき鮮度が良いこと、使いやすいサイズであること。そして純粋に、美味しいこと。とある食品スーパーでは、植物工場で生産されたレタスが先に売り切れるという場面も増えている。
株式会社プランテックス(本社:東京都中央区)は、光、空気、水など植物の生育に影響を与える20種類の環境パラメータを、個別に、そして正確に制御する技術を武器とするスタートアップ企業だ。数式チャートを用いた植物成長制御システムと、独自の植物生産装置は、あらゆる土地で植物にとって最適な環境を実現する。
「創業から2年は、ほぼ無報酬で技術の確立に注力してきました」と語るのは同社の山田耕資CEO。それだけの想いがどのように生まれたのか、そしてこの先プランテックスが、世界の農業にどのようなインパクトを与えていくのか。山田氏に話を聞いた。
山田 耕資(ヤマダ コウスケ)さん
2007年東京大学大学院卒業後、ものづくりの生産工程改革コンサルティングを手掛ける株式会社インクスに入社。退職後、日米計6社のベンチャー企業の創業に参画する。
それらの過程で、人工光型植物工場こそが世界の食と農に革新をもたらす新技術であると確信、起業を決意。2014年6月に株式会社プランテックスを創業、代表取締役CEOに就任。
ーーどのようなきっかけで創業されたのでしょうか。
(山田)植物工場は新しい時代の食料供給を支える技術だと思っています。2013年に初めて大規模植物工場を見る機会があり「これだ」と確信しました。
私自身は、キャリアにおいてものづくりの技術に触れてきた人間ですが、植物工場は技術的には発展途上だということも面白味を感じました。言い換えると、高度なものづくりの技術を取り入れることで、より効率的で安定的な生産を引き出すポテンシャルが大いにあるのではないかと感じたのがきっかけです。省資源で効率よく食料を生産できる仕組みは社会課題の解決にもつながり、かつ技術的に未成熟であるが故に、ビジネスチャンスも大きいと感じたのです。
ーー農業あるいは植物工場との関わりは、創業以前からあったのでしょうか。
(山田)大学院でも就職した会社でも、創業以前には農業分野とは無縁でした。ある植物工場を見学させていただく機会があり、冒頭でお伝えしたポテンシャルに魅了されました。当時は今ほど植物工場についての情報が普及していませんでしたが、既に黒字化する工場も出てき始めていました。
ーーポテンシャルについてもう少し詳しく教えてください。
(山田)本来の植物工場は、「食」「エネルギー」「環境負荷」という“三すくみ”の課題を総合的に解決できるキーテクノロジーとして期待されています。例えば、水や肥料などの有限な資源を、ほとんど無駄にすることなく植物を栽培することができます。それと同時に、有用成分の含有量を高めた植物など、新しい価値を生み出せるのではないかとも期待されています。現状は、まだそのポテンシャルの一部を引き出しはじめたところで、今後、より多くの可能性が残されている分野だといえます。
ーーコア技術は何になるのでしょうか。
(山田)創業してから2年かけて、ソフトウェアで植物の成長を管理する仕組みを作り上げました。植物工場内に投入されるインプットが植物としてアウトプットされるまでの過程を数式化し、数式をもとに、植物の成長に強く影響を与える要素を整理しました。その過程で、光・空気・水に関する20の栽培環境条件が重要だということが分かってきました。たとえば、温度や湿度、あるいは気流速度などです。さらに、植物の成長を管理するうえで、環境条件だけではなく、正味光合成速度や肥料の吸収速度などの成長速度を管理することが重要だということもみえてきました。
ーー植物成長制御ソフトウェアの確立後はどのようにビジネス化されたのですか。
(山田)ソフトウェアを既存の植物工場に導入し、生産性を高めるプロジェクトなどを手がけました。大きな成果も上がり手応えをつかむ一方で、課題も見えてきていました。例えば、ある植物工場では、同じ栽培室内でも時間帯や場所によって温度が最大5℃くらいばらついていることが分かってきました。20個の栽培環境条件のそれぞれが、同様にばらついていました。植物工場の安定操業、生産性向上、あるいは多品種化に対して苦労している根本的な要因がここにあることが見えてきました。
その課題を解消するために考え出したのが密閉型の栽培装置です。開発にはずいぶん苦労しましたが、密閉型にすることで、狙い通りに栽培環境条件が緻密に制御できるようになりました。
ハードウェア開発と同時に、緻密な環境制御下で様々な試験を繰り返すことで、例えばレタスの場合、従来の植物工場と比べて、面積生産性を3-5倍にまで高められることがわかってきました。緻密な栽培環境制御により植物の成長を最大限引き出すことが、むしろ低コストにつながることがわかってきたのです。
ーー今後の展開について教えてください。
(山田)当社技術を導入した植物工場『PLANTORY』で生産された野菜をスーパーなどで販売させていただいておりますが、おかげさまで販売はとても好調です。生産性を高めながら同時に品質も高めることに成功している結果です。
次のステップとして、私たちは多品種化を進めるとともに、植物工場でしか生産できない野菜にチャレンジしていきます。例えば、ビタミンやポリフェノールが豊富な野菜など、同じ品種でも育て方を変えることによって成分濃度を変えることができることがわかってきています。食だけではなく、医療、美容、健康といった多方面を想定し、植物工場ならではの新しい商品をどんどん提供していきたいと考えています。緻密な環境制御を特徴とする、当社技術が活きやすい分野だとも思っています。
昨年から、新商品の研究を一気に加速するべく、大規模な研究所の準備を進めてきました。生産性や有用成分の含有量を増やすための栽培環境条件の組み合わせを、当社では”レシピ”と呼んでいますが、研究所において”レシピ”を効率よく探索していきます。量産向けの大規模工場は、研究所で発見した”レシピ”をダウンロードし、正確に環境条件を再現することができます。その一連の技術により、最先端の研究成果をそのまま生産に結びつけることができるようになるのです。研究所の成果を次々に量産市場に投入し、より多くの局面で植物工場が使われるようになる、そういうことを実現していきたいと考えています。
ーーまさに社会課題の解決とビジネスの両立ですね。
(山田)省資源や低環境負荷による「持続可能な農業」の実現という文脈は非常に重要ですが、現実に進めていくためには、ビジネスとして市場に受け入れられることが重要だと思っています。植物工場ならではの新しい価値を持った新商品を生み出し、1つずつ丁寧に収益化していくことが重要です。その延長線上に大きなビジネスチャンスや、社会課題の解決があると考えています。
かなり規模の大きな話ですので、私たちが単独で取り組むのは非効率ですし、できることが限られてしまいます。幸い植物工場は今のところ、様々な業界の方々が興味を示す分野です。その中の多くのプレイヤーと広くオープンに協業することで、より大きな成果を残せればと思っています。私たちは、植物工場のプラットフォーマーの立ち位置を築き、多くのプレイヤーとの協業を実現できる会社になっていきたいと考えています。量産工場を事業化したい、あるいは新商品の研究開発に取り組みたい方々に対して、プラットフォームを通じて効率的に事業を推進できる環境を提供していく予定です。それが目指しているビジネス像です。
ーー事業拡大に向けて必要な人材についてお聞かせください。
(山田)現状、私も含めて20名弱のメンバーです。創業時には5人でしたが、昨年から採用を本格化しています。
植物工場自体が未成熟で新しい取り組みですし、その中でさらにフロントランナーとなるためには、新しいチャレンジの連続が必要です。それは苦労の連続でもあります。良い商品や技術を完成させれば、すぐに評価されて買ってくれる人がいるような出来上がった業界ではありません。商品を完成させたうえで、さらに自分たちで産業を切り開くような覚悟が必要です。これから入ってきてほしい人は、そういう苦労も含めて仕事を楽しめる方がいいと思っています。本当に苦労の連続ですが、それを楽しめる方には、とても刺激の多い環境です。そういう方と一緒に、世界を驚かせるような成果を出していきたいですね。