Top / Social Impact / 【Liberaware/林】大企業の経験はすべて生かせる。自ら決める。自ら動くことでキャリアの価値を高める。
「自分が決められる比率の大きさがスタートアップの魅力です」林 昂平氏は日本製鐵、東レという世界で数万人の社員数を抱える大企業を経て、現在は従業員数20名強のドローンスタートアップである株式会社Liberawareにおいて、マーケティング、カスタマーサポート、カスタマ―サクセス、サプライチェーンマネジメントの責任者として活躍する。現在36歳。妻と二人の子どもがいる中で、大きな決断に踏み切った。「生かせる経験ばかりで、生かせない経験はありません」林氏は胸を張って語る。一見、伝統的な大企業の働き方とは大きなギャップがありそうだが、実際はどうなのか。大企業とスタートアップいずれも共通するビジネスパーソンとしての在り方に迫る。
林 昂平(ハヤシ コウヘイ)さん
2009年に新日本製鐵(現:日本製鐵)に入社。棒鋼線材の営業として、鋼材のサプライチェーンマネジメント業務(大手自動車向けサプライチェーンの在庫調整)に従事。2011年12月に東レへ転職し、中国向け浄水器事業統括、社内公募で香港駐在で、国内SPA最大手向けアパレル製品のサプライチェーンマネジメントを担当。2020年1月にラクスルへ転職。印刷・集客支援の新規サービス開発、マーケティング、サプライ改善及び構築など事業一貫でPLを担当。2021年5月、株式会社Liberawareへ転職。
ーーこれまではどのようなキャリアを積んでこられたのでしょうか?
新卒で2009年に新日本製鐵(現日本製鐵)に入社しました。入社の決め手は製鉄所ができることで町ができ、学校や色々な施設ができることでさらに製鉄所が大きくなるという世界観に惹かれ、特に海外に製鉄所をつくることができれば大きなインパクトを与えられるのではないかと就職活動をする過程で感じたことがきっかけです。鉄は多くのものに使われますので、入社後は鉄鋼に留まらず様々なビジネスに触れることができ、社会人としての基礎を固められた期間だったと思います。一方で海外で働くチャンスを得るまでには相当時間がかかることも分かり、浄水器における中国事業で人材を募集していた東レに転職をしました。浄水器事業は東レではニッチなビジネスですが、営業だけでなく、中国への生産移管や中国向けの製品開発、マーケティングなどを任せられ、その後社内公募を経て香港で働く機会にも恵まれました。
ーー海外で働くという学生時代からの想いを叶えられたのですね。
はい。30歳前後でチームをマネージしながら事業の数値も見るという貴重な経験もできたと感じます。ただ当時は若さもあり、良くも悪くも「もっと多くの経験をしたい、もっと成長していきたい」という気持ちが先行しており日本に戻って営業や生産、開発の担当者として役割をこなすということに物足りなさを感じていました。海外の工場長や総経理(現地法人のトップ)という自ら旗を振って事業を作っていく役割を期待されるまでは10年以上かかってしまう。そのような葛藤もあり、当時250名前後の社員数だったラクスルに転職します。
ーー日本製鐵や東レという大企業からの転職先としては大きなチャレンジですね。
規模の違いもそうですが、これまでとは分野の異なるECやSaaSなど、インターネットサービスに触れ、自身の経験をどのように生かせるかを冷静に考えるきっかけができたのは良い経験でした。ある程度事業が拡大してオペレーションを固めていく時期でしたので、より効率的、効果的な事業運営ができるかという改善に奮闘してきました。改善はものづくりの根幹でもありますし、また、東レという大企業にいながらも香港の関係会社で責任を求められながら手触り感のある仕事ができた経験が、ビジネスモデルが異なるラクスルでの仕事にも大いに生きたと思います。早く決める、自ら動く。当たり前のように聞こえますが、意外と大企業にいると仕組みに組み込まれていることも多いので、日本だけの経験で転職をしていたらよりギャップが大きかったのではないかと思います。
ーー現職にはどのような経緯で転職を決められたのですか。
ラクスルの経験を通じて、もっと事業フェーズの浅い企業、ゼロイチの環境でやってみたいという感覚が芽生えたことがきっかけです。また、先ほどECやSaaSを経験できたことが良かったとお話ししましたが、自分自身のバックボーンとして強みはものづくり、ハードウェアが関わるビジネスだと気づくきっかけにもなりました。生産のためのキャパシティ、そのための準備、素材調達など制約条件が多いですが、それらをすべて管理するというのは強みでありやりがいもあると改めて感じたのです。自分は何で勝負できるのか、色が出せるのかを考えたときに、ハードウェア産業で再度チャレンジしたい。中でもLiberawareに決めたのは、自分たちでハードを作っている業界でも数少ないプレイヤーであること、ターゲットが産業向けで屋内の狭い場所、暗い場所、汚れた場所をターゲットにしているという戦略にとても腹落ちしたというのが理由です。世の中に広がっていくということも数字的にも感覚的にもイメージできたので、マーケティングで流入を増やす、それらの見込み客に対するサービスづくりをどうしていくか、生産のキャパシティをいかに調整するか、など、しっかりと自分自身の経験を生かすことができれば事業の成長、拡大に貢献できると強く感じました。
ーーチャンレンジングな決断の連続ですね。元々スタートアップで働きたいという想いはあったのでしょうか。
明確にスタートアップを希望していた、ということではありませんが、自分で行きたい方向を決め、自らの意志で進めるという逞しさを持ちたいという想いはありました。あと10年で課長、20年で部長というキャリアの積み方は自分には合わないと感じており、結果的にスタートアップで仕事をするというのが肌に合っていたのだと思います。
ーー現在の役割、ミッションについて教えてください
まずは当社の事業をご紹介させていただくと、大きく二つのサービスを提供しています。一つは当社が開発したドローンを飛ばして点検したい場所を撮影するというサービス。もう一つがドローンをレンタルするサービスです。私はマーケティング、カスタマーサクセス及びカスタマーサポート、そしてサプライチェーンマネジメントのそれぞれ責任者を兼務する役割を担っていますが、実際は営業以外を幅広く何でもやっているというのが近いです。二つのうちどちらかのサービスというのではなく、いずれも両輪で回していくための環境整備というのが大枠のミッションになります。本来責任者を兼務するのは、組織としてはベストではないと思いますが、一つの業務だけやっていれば他がうまくいくわけでもなく、同時多発的に対応していくことの苦労や面白さもあり、自分自身が事業づくりをしたいという気持ちで転職していますので、元々やりたかったことに近いのではないかと思っています。
ーー将来的なことも含めもう少し詳しくお聞かせいただけますか。
おかげさまでお客様が急激に増えておりますが、オペレーションはまだ磨き込める余地が大きく、まずはせっかくの引き合いに対してご満足いただける対応ができるような仕組みを整えることが重要です。例えば、お客様からはレンタルの需要が増えておりますが、機体を手配できるのかという問題や、レンタルであってもパイロットを提供することは不可欠ですので、自社内だけでなくパートナーと連携しながら社外も含めて「業界」としてパイロットを育成するということも重要な仕事になります。一言でまとめると「お客様の課題に対してドローンを活用したソリューションを提供するための基盤づくり」ということになりますが、それは時にLiberaware社内では収まらない提案、交渉、調整が必要になるものです。体制を構築できれば数値目標やKPIを設定し、精度を高めることでスケールさせていくという段階になりますが、まずはそのための土台を作ることが喫緊のテーマだと考えています。今後の自身のキャリアという意味ですと、事業全体を見る立場を担いたいと思っています。海外展開を見据える中でチャンスがあるのではないかと考えており、今は日本市場がメインですが、海外からも引き合いをいただくことが増えています。私たちがターゲットにしているインフラや設備は国を問わないため、横展開はしやすく、そうなると海外での事業づくりというのは近い将来見えてくると思います。
ーー事業の社会インパクトや意義についてどのように感じられているのでしょうか。
安全確保と生産性向上を両立できることが大きな意義だと考えています。前者については、非常に危険でありながらもやむを得ず人が目視して点検する焼却炉や天井裏のような場所をドローンで代替するというものです。生産性の観点では、人が点検する場合は足場を組んで、完了したらその足場を崩すという工程が発生するのですが、多くの場合、工場の稼働を一時停止する必要があります。足場をつくる時間、費用という意味でのコストもありますが、工場を止めなくてはならない場合は売上への影響も大きく、お客様の事業課題の一つとなっています。ドローンで代替できれば足場は不要ですので、工場を停止させる必要がありません。点検に必要なリードタイムを1日短くできるだけで数千万円、大きい工場では億単位の売上影響があり、安全確保と生産性向上の両立は非常に大きな社会インパクトではないかと思います。
ーーどのようなお客様からの引き合いが多いのでしょうか。
JRさんとの合弁設立についてはニュースリリースでも取り上げていただきましたが、ゼネコンやボイラーメーカーや建物の天井を作っている企業、製鉄会社さんなど業種は多岐に渡ります。いずれも業界トップクラスの企業様から引き合いをいただけています。狭小空間に特化しているという点が相談のフックになることはありますが、狭小空間用のドローンを開発する技術力に加えて、実際に数百件のドローン点検を実行した経験から、非常に小さなドローンに搭載すべき厳選された機能を理解していることに強みがあると考えています。小型のドローンですので厳しい制約条件の中で、モーターなど精密部品が数多く使われています。ですが“ドローン用”のモーターであっても現場で飛ばしてみると塵が入ってきて機能しなくなってしまうことがある。そのような経験則を多く保有しているからこそ、いち早くモータの防塵性を高めるということに着手できていますし、狭い空間で壁に衝突して破損してしまうという事象から、センサの性能では何に重きを置くのか、ということを早い段階から作りこむことができているのです。ですので、実際にお客様に対してドローンの活用事例をご提案するときに「他よりも分かりやすい」とご評価いただくことが多く、製品にも安心感を持っていただけているのではないかと思います。
カオスへの好奇心と望むキャリアを自ら選択することへの決意。大企業出身者の活躍条件。
ーー大手企業の経験で特に生かせたもの、生かせなかったものは何ですか。
特に生かせると感じていることは、全体を見てオペレーションの中で何がボトルネックになっているかというのを抽出して改善するという経験です。スタートアップですのでボトルネックだらけですが、大企業では理想的な状態がある程度あって、何かがボトルネックになっていることでアウトプットが高まらないという場面がよくあると思います。それはどこか、何かを特定し理想とのギャップを埋めるという訓練ができていたことは、ラクスルそして現職でも生きていると感じます。捉え方次第というのもありますが、意外と生かせない経験は無いのではないかと思います。大手企業でよくある面倒な事務処理、社内申請、決裁などはスタートアップの社内ではありませんが、顧客先に提案する際に何が起こりうるのかをイメージして話をすることで、スムーズに商談を進めることもできます。過去見た景色を、別のアングルから見ることができていると感じることが重要なのではないかと感じます。転職において生かせる経験か否かを左右するのは、大きな企業に在籍しても自ら問題を探し、覚悟を持って取り組んでいるのか、ということだと思います。生産であれ、営業であれ、マーケティングであれ、あらゆるビジネスシーンで通用するスキルは必ずあります。自ら働きかけたのか、誰かが決めたことに何となく追随していたのかでは、課題把握の解像度は大きく異なり、解決策の実行力にも差が出るということです。
ーー仕事の進め方の違いという面で大企業との違いはどのような点で感じますか。
他の大企業出身者ともよく話題になりますが、色々整っていないという言葉に尽きると思います。経費精算の仕組みも然り、決裁を回すフローも曖昧な部分もあります。誰がどのようにコトを進めるのかが決まっていないことが多いというのが戸惑いやすいポイントではないかと思います。ただ一方でスタートアップであれば、自分自身が関係者として、仮にそれを決められる立場でないとしても「こうした方がいいのではないか」というのを提言し、周囲を動かしていくことができ、その発言や行動を嫌がる人はほとんどいません。自分で決められる比率が高いというのが大手との違いであり、反面、何をどこまで自分で決めていいのかということは明文化されていないのでストレスを感じやすい要素かもしれません。決めていくこと、自ら動いていくことに楽しみを見出せるかは大事な要素ではないかと思います。
ーースタートアップに転職するにあたって、年収などの条件がどう変わるのか、ご家族はどのような反応だったか教えてください。
大手と比較すると手取りの給与もそうですし、福利厚生も違うので、入社時の待遇は下がります。ですが、自分の価値を磨き、事業を自分でスケールできたら自分の年収も必然的に上がると思います。簡単に、すぐに上がるわけではないですが、会社を成長させた経験値や自信、それに報酬がついてくるという感覚が持てることは私にとっては喜びです。別の所でもすぐにチャンスが得られるという自信もついてきて、職を失う不安などは全くありません。ただ、転職にあたって、やはり妻とは十分に話し合いの場を持つようにしました。大反対をされたということではありませんが、大きな会社で安定しているということは妻も感じていたので、今と環境が変わり、家族の生活が変わってしまう可能性がある、ということはよく話をしました。ただ、最後はわがままを言わせてもらうというか、自分がやりたいチャレンジができないような状態で、大きな会社で決まったことをやり続けることのイメージができない、ということを可能な限り時間をかけて説明をしました。最後は応援してくれて今に至ります。
ーーどのような方にディープテックスタートアップに来てほしいと思いますか。
大企業でも色々な経験ができて、スタートアップに近い仕事ができるチャンスも比較的あると思います。一方大企業にいる限り、望むキャリアを歩めない時期は来るはずで、それを自らコントロールするのは難しいのではないかと思います。その時に「チャレンジしたい」と感じる人は是非選択肢に入れて欲しいと感じますね。その際にカオスに対する好奇心があるか、は自問して欲しいと思います。恐怖や嫌悪感が当然あってもいいのですが、それが先に来る割合が大きいと苦しいのではないかと思います。カオスに対して自ら型をみつけて、仕組みを構築していくことができる、そのような仕事がしたいという方にはお勧めです。あとは24時間働いているような印象を持たれる人もいるのですが、働き方も自分次第でかなりコントロールでき、私も18時の定時に上がることもあります。18時に帰ってそのままプライベートを過ごすこともあれば、家族の世話をして子どもが寝てから仕事をするということもあります。カオスに対するアクションができていればコントロールできる部分も多く、仕事の波に飲み込まれるわけではない、というのはお伝えしたいと思います。
ーー最後にディープテック系スタートアップに興味のある方々、転職を考えている方々へのメッセージをお願いします。
社会にインパクトを与えられる技術を持つ会社、というのは比較的多くあるのではないかと思いますが、それが世の中に芽を出すまでにはいくつものハードルがあります。そこを乗り越えることの社会的意義は非常に大きく、そこに惹かれる方には是非チャレンジしてもらいたいと思います。自分がまだ世の中で見えてないものを引き上げるサポートができる。それは何か新しい技術を開発するだけでなく、生産性を改善するという貢献の仕方もあると思います。マーケティングが弱く、とても良い商品なのに知られていない、営業が下手でうまく説明すれば使ってくれる人がいるのにできない、などご経験を生かせるフィールドはたくさんあります。最後に仕事の手触り感。これは確実にあります。物をたくさん見れますし、実際に使っていただける人もたくさん見ます。感謝、お叱り、そこからの関係の広がりまで手触り感の連続で、そういうのが好きな方はとても合う環境だと思います。