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【メトロウェザー】風を制し、空の安全を守る。NASAが認めた京大師弟コンビの創業ストーリー。

風を計測する技術は30年も進化が止まっていた。それが当たり前、という業界の常識を覆したのが、京都大学発ベンチャーであるメトロウェザー(京都府宇治市)だ。空気の揺れを観測することで風向、風速を計測する『ドップラーライダー』の小型化に成功し、空の安全を守る新たなインフラとして注目を集める。

だがそこに至るまでには数多くの苦悩があった。大学の研究者として抱えていた葛藤、無職となった時期の焦り、ビジネスとして成立するまでの失敗。NASAも注目する有望スタートアップの成長過程を、同社に出資するリアルテックファンド グロースマネージャーの木下太郎氏とともにインタビューを行った。

古本 淳一(ふるもと じゅんいち)さん(メトロウェザー代表取締役)
京都大学生存圏研究所元助教。計測・制御・通信等の知識を活用したレーダー観測技術の研究に従事。リモートセンシング技術をコア技術とした小型高性能ドップラー・ライダーを開発。2015年に大学からイノベーションを起こすべく東とともにメトロウェザーを設立。研究成果の社会実装・社会貢献に向けた取り組みも数多く行う。京都大学博士(情報学)・技術士。

東 邦昭(ひがし くにあき)さん(メトロウェザー取締役/共同創業者)
2009年に京都大学のポスドクに着任後、大気レーダーを用いた乱気流検出・予測技術の開発・高分解能気象予測シミュレーションの開発に従事。民間の気象予報会社にて環境アセスメントの実務経験も持つ。2014年にポスドクを辞め、1年間の起業準備期間を経て、古本とともに京都大学発スタートアップとして当社設立。神戸大学博士(理学)・気象予報士。

木下 太郎(きのした たろう)さん(リアルテックファンド グロースマネージャー)
東京農工大学大学院修士課程(応用化学専攻)修了後、住友化学にて材料開発を手掛ける。特任の新規事業担当として医療用新素材開発に携わり、装置メーカーと共同した医療用容器向け材料の開発、再生医療向け素材の事業企画・実行を担当。2017年にリアルテックファンドに参画。メトロウェザー社外取締役に就任。

研究者として生きていくことへの葛藤。
助教とポスドクという関係が「なくてはならない存在」となるまで。

ーー京都大学の助教とポスドクという関係から、共同創業に至った経緯は何だったのでしょうか

(東)私は大学院まで集中豪雨の研究をしており、博士号を取得したのちに、ポスドクとして古本先生の研究室(生存圏研究所大気圏精測診断分野)に在籍していました。気象レーダーを用いて大気を測る研究を行っていましたが、中々論文として出せるような成果に繋がらず「あとどれだけ大学に残って研究を続けられるだろうか」という不安な毎日を過ごしていたのが実際のところです。結局、ポスドクを辞めて、民間の気象会社の職を見つけましたが、そこでは風を計測する装置の精度や、計測可能な高度や範囲がかなり限定的であることなど、問題は依然多くあることを身をもって体験することになります。自身が研究者として向き合っていたテーマと、民間への就職で直面したリアルな課題が合わさって、問題意識を持つようになりました。

(木下)京大の研究者という身分や肩書も無くなり、ハローワークにも行かれたのですよね。

(東)無職で給料が無くなった期間もありましたので何度も行きました。大学のことしか知らなかったので、履歴書の書き方すらよく分からない。楽天的な性格ではあると人からも言われますが、博士課程を出たことを生かすどころか仕事にも困っている。いよいよ本当に自分はまずい状況なのでは…と思いましたね。古本に一緒に来てもらったこともありました。

(古本)ポスドク時代から、東は不器用で放っておけない男なんですよ。メトロウェザーもよくこのコンビでここまで続けてこれたと思っていますが、私にとって大切な存在であることは間違いありません。

(東)大切なのはお互いに、ですね。もう出会って12年目です。

(古本)私は大学の教員という立場でしたが、研究を続けていくことの葛藤も抱えていました。風を計測するレーダーを開発している部門ですが、30年以上技術を進歩させられていないところもある。このままの環境で何か変えられるのだろうか、他の道を考えてもいいのではないか、という感覚も持っていました。私自身も、新陳代謝が少ない大学という独特の世界を形成してきた一人ではあるのですが、問題意識を発信して、形にしていくことは難しい環境です。そのような思いもあり、世の中の流れにも後押しされて、ベンチャーという選択を取ることになりました。

ーー起業テーマはどのように定めたのでしょうか

(古本)リモートセンシングの技術を優位性とする、というコアになる部分は今に至るまで変わりないのですが、私もほとんど大学しか知らず、ビジネスの経験が無いので、ピントがずれていることも多かったと思います。最初はよく東と喧嘩をしながら、議論を重ねました。

(東)古本と話をしていて「何を言っているの、この人は?」ということもよくありましたね。お互いにそんな感覚だったのだと思いますが。私の方が大学を辞めやすい立場だったので先に辞めて2014年から起業準備を進めることになります。現在はドローン、防災、都市点検などの分野でビジネスを広げていますが、当初はゲリラ豪雨に対するサービスというのをキーワードにしていました。

(古本)しばらくはゲリラ豪雨でストーリーを立て、当時はピボットすることは想定もしていなかったので社名も「都市」と「気象」でメトロウェザーとしています。外部にも話を聞きに行って、徐々に方向性を変えていくことになります。リアルテックファンドさんもそうですが、VCの方々は絶対に断らずに話を聞いてくれて、本当にありがたかったですね。

(木下)VCは人に会うのが商売と言われますし、私もそれが仕事のスタートラインだというのを日々感じていますからね。ゲリラ豪雨でお金を稼ぐという道筋も甘かったのですが、長年研究してきた技術や、テクノロジーを探求することの熱意は本物で、そういったところに惹かれていました。

(東)今のようにオンラインでミーティングをするということはまだ少なかったので、最初の1〜2年は2日に1回は東京に行っていました。古本と議論して、誰かにプレゼンしに行って、撃沈してまた議論するという繰り返しの毎日です。フィードバックを受けながら、「また進展があったら聞かせてね」と多くのVCさんから声をかけてもらえたことは、苦しい中でも本当に励みになったと感じます。

(古本)厳しいことも言われましたが、出会いにも恵まれて、命に関わることや、それが無いと困る、という方向でビジネスを考えていくことになります。飛行機や風力発電などのテーマが生まれて、いまの事業内容に至る原点です。

支援者の存在と、起業家としての成長過程。

ーービジネスはどのように広がっていったのでしょうか

(東)2015年にNEDOの助成金に採択されたところから資金を集められるようになりました。当時はまだゲリラ豪雨予測ということを打ち出していたのですが、その先に風力発電の場所の選定にも活用できるということを伝えていました。

(古本)ピッチイベントでも少しずつ良い反応をいただけるようになり、アメリカの海軍研究所で予算をつけてもらえたのも大きかったですね。風に関係する課題でビジネスができないかという取組みが、少しずつ期待をいただけるようになっている実感がありました。

(東)航空業界や風力発電について、例えば洋上にはどのような課題があり、それを解決するためには何が必要かということも自分たちで調べて、計画に落とし込むということを繰り返していた時期です。議論ベースで消えたものもあり、複数回の事業ピボットをしています。

(木下)並行して、ドップラーライダーを自分たちでどう作るのか、小型化、高性能化はどうすれば実現できるのか、ビジネスのことも考えながら技術も固めていた時期でしたね。

(古本)小型化はポイントで、既存の『ドップラーライダー』との差別化はもちろんなのですが、もし小さく、そして軽くできれば、用途はもっと広がると考えていました。実際にドローンの活用に貢献できるという可能性にも巡り合うことができましたし、さらなる小型化、軽量化は引き続き取り組むべきテーマなので、技術開発とユースケースの開拓は両輪で回し続けていく必要があると感じます。

ーーなぜ小型化すれば、世の中にもっと広まるのではないかと思えたのですか。

(東)私たちは気象の研究に携わっており、風を測る装置はずっと注目をしていました。でも、既存のものはとにかく価格は高いし、大きくて重いので、使い方が限られます。民間時代に新しい事業を何か考えろということを言われたのですが、私は『ドップラーライダー』をどうにかできないか、ということは当時から考えていました。

(古本)既存製品を借りてきて観測してみると、本当に欲しい情報はほとんど取れない。でもそれが常識なのです。結果として、「自分でつくろう」と腹決めすることができました。

ーー模索期間も長かったのですね。何がターニングポイントになったのでしょうか

(古本)“応援団”の存在、つまりリアルテックファンドさんとDRONE FUNDさんに出資いただけたのは大きかったと思います。ビジネスの展開についてもそうですし、大学の教員とポスドクという、経営はおろか会社ともほぼ無縁だった私たちに、それこそ手取り足取り支援してくださいました。

(東)技術に対してもポジティブに、真面目に評価しようとする姿勢で接してくれたので、信頼関係も築けてこれたのだと思います。お金になるかということもシビアに見ていたと思いますが、「これめっちゃ面白い。絶対に育てていかないといけない技術だと感じました」という第一声から始まって、アドバイザーではなく一緒に考える関係になれたと思います。私は仕事にすら困っていた人間なので、拾ってもらえていなかったらどうなっていたか分かりません。

(古本)出資いただいたのは2018年のことですね。私たちは当初、基本的にすべて公的機関がお客様だったのですが、資金が集まり、開発も前進させることができたため、おかげさまで民間企業からも引き合いをいただくことになりました。民間企業から発注いただくことは、身銭を切ってでも私たちに賭けてくれるということなので、本当に嬉しい話です。ご期待もいただけて、いくつかプロジェクトも動いていますが、一方で次のステップの課題も見えてきています。

どうしても単発の案件も多くなってしまうので、今後は小さくてもリカーリングのビジネスを立ち上げるということも大切だと考えています。簡単なことではありませんが、これまで通り動き続けないと前には進みません。

メトロウェザーが社会に生み出す「ちがい」
組織に求める「ちがい」

ーーメトロウェザーの社会的意義についてどうお考えでしょうか

(東)ドローン一本でやっていこうということではありませんが、ドローン前提社会という中では必須のインフラだと考えています。他には風力発電などエネルギーの有効な利活用という文脈でも力になれると思います。知名度もまだまだですが、私たちが貢献できるフィールドはあると感じています。NASAにも正当な評価をもらえたことも社会的意義を考えるうえでPRしたい実績ではあります。

メトロウェザー、NASAのSBIRプロジェクトをサポート

(木下)風力発電の分野では認証が無くてもお願いしたいと言ってくれるお客様も現れたことも象徴ですね。

(古本)機器に対して、精度を認証する国際機関があるのですが、まだ当社はそれを取れていないのです。何億円もの支払いが必要なのでベンチャーには大きな壁です。ただ、それが無くても使いたいと声をかけてくれるお客様も出てきて、それだけ従来品でできることに制限が大きかったということと、私たちの技術を信頼してくれるようになったということだと思います。

ーー組織作りや採用についてはいかがでしょうか

(東)技術者中心の会社ですので、新しい血はいれていかないといけないという思いはあります。CFOやビジネスデザインができる方が入ってくると、当社のビジネスへの見方ももっと違った形になるのではないかと思います。少ない人数でやっているからこそ、1人の影響は大きくて、だからこそ新しい人に期待するものは大きいですね。

(古本)1人が入ることで、メトロウェザーというコミュニティ自体が違う色になると思いますが、むしろそれを歓迎したいと考えています。大学では、「違う」ことは好まれませんが、大学を飛び出してみて感じるのは、私たちは個性や考え方が多様な会社を作っていきたいということです。

ーー投資家の立場から木下さんのお考えも聞かせてください

(木下)まず会社としての魅力について、私たちの投資の決め手は何かという観点も交えてお話ししたいと思いますが、グローバル展開し世界を変える社会の新しいインフラになり得る可能性を秘めているという点がメトロウェザーの魅力だと思います。限定的なドメインではなく、拡張性が高い。当面拡大したい用途はドローンですが、それをきっかけに例えば世界中にメトロウェザーの『ドップラーライダー』が置かれて風況を観測している状態になる。そうなるとデータをいかに有効活用するかという新しい道筋につながり、新たなビジネスの芽が出てくるという、好循環になると考えています。

潜在顧客となりうる鉄道会社さんやゼネコンさんメトロウェザーのお二人にご紹介し商談にも同席し、風をもっとうまく使うことができたら社会はこんな形に変わるのではないか、というディスカッションを重ねてきました。安全で便利に、そしてサステナブルな暮らしの実現のために、メトロウェザーはこんな価値発揮ができるという拡がりを改めて感じました。これはGPSやインターネットとも同じだと思うのですが、当初想定していた用途とは別の使い方が、アイディア次第でどんどん生まれ全世界に広がっていくというのは、ビジネスに携わる方なら魅力を感じていただける方も多いのではないかと思います。

メトロウェザーは、お二人を中心に何事も楽天的に、ポジティブに捉えることは会社のカラーにもなっていると思います。これはアーリーステージのスタートアップにとても重要な資質なのではないかと思いますね。先ほど私が紹介した事業開発事例は、あくまで可能性でしかなく、実際にそれを具現化させるのは相当な困難を伴うものだと考えます。明確に勝ち筋があるのかと問われると分からない。でもそれでも進まないと先には続いていかないので、前向きなマインドセットを持っているかどうかは、これからも重視して採用を考えるべきだと思っています。

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